まえがき
恒例(にしたい)、全部読んでの予想です。
記事中、明確なネタバレはしていませんが、本を読みなれている人は内容の予想がついてしまう表現があるかもしれないので、それがイヤな場合はそっとブラウザを閉じてください。
逆に、フワっとしたことしか言ってないじゃん、と物足りない方がいらしたらそれもごめんなさい。
後日作品別にネタバレありの記事を書く予定はあります(体調次第)
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まずは結論
今回の私の予想は「汝、星のごとく」(凪良ゆう/講談社)、または「該当なし」です。
「光のとこにいてね」(一穂ミチ/文藝春秋)もなかなか良かったんですが、ふたりの関係性にこだわりすぎて描写としてないがしろにされすぎているところが散見されたのが残念なところ。
「クロコダイル・ティアーズ」(雫井脩介/文藝春秋)も好きでしたが、ラストがちょっとバタバタしすぎたかなーという印象。
他の作品も大なり小なり看過できない気になる点があったので、受賞作予想は「汝、星のごとく」(凪良ゆう/講談社)一本、この作品でなければ「該当なし」かな、と思いました。
各作品あらすじ・簡易感想
「光のとこにいてね」(一穂ミチ/文藝春秋)
『スモールワールズ』を超える、感動の最高傑作
たった1人の、運命に出会った
古びた団地の片隅で、彼女と出会った。彼女と私は、なにもかもが違った。着るものも食べるものも住む世界も。でもなぜか、彼女が笑うと、私も笑顔になれた。彼女が泣くと、私も悲しくなった。
彼女に惹かれたその日から、残酷な現実も平気だと思えた。ずっと一緒にはいられないと分かっていながら、一瞬の幸せが、永遠となることを祈った。
どうして彼女しかダメなんだろう。どうして彼女とじゃないと、私は幸せじゃないんだろう……。運命に導かれ、運命に引き裂かれる
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163916187
ひとつの愛に惑う二人の、四半世紀の物語
まず、どうしても言いたいことを先に書く。現在流通している分にはおそらくついているであろう初版限定スピンオフ掌編「青い雛」、これはできれば併せて読めるよう出版社側で配慮してほしい。このストーリーがあるのとないので2章以降の印象が大きく変わる。
気を取り直して本編の感想。
自然派の母親を持つ団地育ちの少女、校倉果遠と、支配的な母親を持つ戸建住みの裕福な少女、小瀧結珠。母に連れられて行った団地で結珠は果遠に出会い、物語が始まる。話自体はどうということがなく、自分をしっかり持っているが経済的に恵まれない果遠と、周囲に合わせ自分を持たないように生きているが経済的には恵まれている結珠が相互に羨望と反発心を持ちながら交流していく物語。
情緒的な交流をメインに描いた本作ですが、書き方はおそらく小道具とエピソードをロジカルに繋いでいったのではないか、と思わせる構成。
1章2章での小道具(エピソード)の印象付け方がうまく、それが3章でしっかり回収されている。惜しいところはそれがご都合的に見えてしまう部分があること。特にそれぞれの夫に関してはもう一段深みが欲しかったかなぁというのが正直な印象。
全体の印象がいいのに細かく見ていくといろいろ気になるところが出てくる、不思議な作品ではある。
ところで、結珠は第1章で果遠に対し、彼女の名前と同じ読みであるピアノ曲、「(パッヘルベルの)カノンをいつか果遠の前で弾いてあげる」と約束する。
「光のとこにいてね」、この果遠の言葉がまさしくカノンのように主題として繰り返され、心に残る作品。
◆作者受賞歴◆
「スモールワールズ」第9回静岡書店大賞、第43回吉川英治文学新人賞
過去の直木賞候補作は、第165回「スモールワールズ」
ノミネートは本作「光のとこにいてね」が2回目。
「地図と拳」(小川哲/集英社)
「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」
日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し、海を渡った須野……。奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。「燃える土」をめぐり、殺戮の半世紀を生きる。ひとつの都市が現われ、そして消えた。
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-771801-0
日露戦争前夜から第2次大戦までの半世紀、満洲の名もない都市で繰り広げられる知略と殺戮。日本SF界の新星が放つ、歴史×空想小説。
まず本筋と関係ないんだけど、600ページアップ720gちょいは重すぎるので上下巻にしてほしかった……。
内容としてはこちら、not for meでした。というか、あらすじと帯の惹句で期待しすぎたというか。よって、読み取れていないところも多々ありそうですし、感想がふわっとしてしまいそうですがご容赦を。
満州にある、李家鎮(後の仙桃城)という架空の土地が舞台の群像劇です。
興味深かったのは「地図」の意味。初めに測量の話が出たので、年代も併せて私はてっきり測量(地図)と武力(拳)で、戦争による領土の取り合い、みたいなものが主題なのかと思ったのですが、そういう話もありつつ、最終的にはそうではなく。……いや、そうだったのかな? この群像劇に呑まれて全体が見えづらくなる感覚が、そのまま当時の民衆の感覚の再現としての実験、みたいな作品だったら諸手を挙げて超名作と言えるのだけれど、おそらくそうではなさそうかなという肌感。
後半に行くにつれて、戦利品としての占領地の現地住民の立場を軽んじた都市計画(地図)とそれに抗う武装勢力(拳)といった様相になっていきます。結局武力対武力、それも占領している側による一方的な「鎮圧」もあったりして後味はあまり良くない。まあ戦時中の話だから仕方がないのだけれど。
主題に関して登場人物に語らせるケースが多いように感じたので、それよりはエピソードから読み取らせてほしかったなあというのは贅沢な悩みでしょうか。いち登場人物の私見、という形ではあったけれども、設定を食べさせられているような感じだった。
巻末の多量の参考文献リストといい、専門家についてもらっていることといい、大変なコスト(お金という意味ではなく)をかけて可能な限り厳密に描かれたことだけは間違いなく、その点に関してはかなりポイントが高い。
逆に何だったのかよくわからんのが神拳会。これだけが中途半端にSFともファンタジーともつかない要素で、楊日綱を死なせないため、李大綱より「千里眼」が一段落ちると思われる彼をカリスマたらしめるための舞台装置にしか思えず、残念だった。
全体的に丁寧と冗長の間という感じで、もう少しコンパクトにできたんじゃないかな、という印象がある。
◆作者受賞歴◆
「ゲームの王国 上/下」第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞
「SF作家の倒し方」(「S-Fマガジン」2021年6月号)第53回星雲賞日本短編部門
「地図と拳」第13回山田風太郎賞
過去の直木賞候補作は、第162回「嘘と正典」
ノミネートは本作「地図と拳」が2回目
「クロコダイル・ティアーズ」(雫井脩介/文藝春秋)
この美しき妻は、夫の殺害を企んだのか。
息子を殺害した犯人は、嫁である想代子のかつての恋人。被告となった男は、裁判で「想代子から『夫殺し』を依頼された」と主張する。犯人の一言で、残された家族の間に、疑念が広がってしまう。「息子を殺したのは、あの子よ」
「馬鹿を言うな。俺たちは家族じゃないか」未亡人となった想代子を疑う母親と、信じたい父親。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163915982
家族にまつわる「疑心暗鬼の闇」を描く、静謐で濃密なサスペンスが誕生!
老舗焼物店を営む貞彦・暁美夫妻は、息子が刺殺されて生活が一変してしまう。息子を殺した犯人は、嫁の想代子の元恋人。遺された想代子、孫の那由太と同居を始めたものの判決を受けた後の犯人の「想代子に頼まれた」という不規則発言に翻弄されることとなる。
帯にはミステリーと書いてあるが、あらすじに書いてあるサスペンスが正解。主要人物は上記4名に加えて、暁美の姉夫婦である東子と辰也、被害者である康平と、犯人の隈本。語り手は主に貞彦と暁美、東子なので、言い方は悪いが想代子が白か黒かを3人がああでもないこうでもないと勘繰り、探っていく話である。
事件後1年、退廷前に隈本から捨て台詞に近い形で件の言葉が発せられる。それにより、暁美の中に僅かずつ積もっていた想代子への細かな違和感や不満が、息子殺しの黒幕ではないか、という疑惑に変化していく。
普通に考えるとありえないのだが、東子の「亡き康平の枕元で想代子が泣いていた時、涙が出ていなかった」つまり噓泣きだったと言い出したことで暁美は疑いを深めてしまう。
これにより、貞彦・暁美夫妻は疑惑をハッキリさせるためにあれこれと行動を起こし、疑惑が晴れたかと思えばまた東子が何事かを言い出し……という流れで、想代子が黒幕なのかどうかを、本人に怪しまれないように家族が探る形でストーリーが進む。
この感じがウチの親戚まわりのトラブル処理方法に近く、共感がノンストップだった。ほんと、なんというか、こういう「余計な一言」を吹き込んでくる人、いるよね……。それも暁美の場合は幼少期から依存しがちな姉からとなるとまあ、そうだよなあと思いました。
その点、貞彦はもう少し事象を大局的に見ていて、自分の中で一定の疑惑が晴れた後は店の存続に軸足を置いて行動していく。
最終的にはやや教訓的とも言えるけどまあまあ大団円といえるかな? という形で、多少のもやもやは残るものの良い終わり方だったと思います。
ミステリ、サスペンスとしては思ったよりもあっさり風味でしたが、娯楽小説として面白い作品でした。
◆作者受賞歴◆
「栄光一途」第4回新潮ミステリー倶楽部賞
「犯人に告ぐ 上/下』第7回大藪春彦賞を受賞
直木賞ノミネートは本作「クロコダイル・ティアーズ」が初。
「しろがねの葉」(千早茜/新潮社)
戦国末期、シルバーラッシュに沸く石見銀山。天才山師・喜兵衛に拾われた少女ウメは、銀山の知識と未知の鉱脈のありかを授けられ、女だてらに坑道で働き出す。しかし徳川の支配強化により喜兵衛は生気を失い、ウメは欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されて……。
https://www.shinchosha.co.jp/book/334194/
生きることの官能を描き切った新境地にして渾身の大河長篇!
主人公のウメは幼い頃から夜目が利き、暗闇を恐れなかった。彼女が4~5歳の頃、じり貧だった村を見捨て、一家は起死回生を図り山を越えて石見銀山へ向かう。その途中村人に見つかり両親は捕まるが、ウメは母の機転と持ち前の目の良さで石見へたどり着いた。
半死半生の状態だったウメは山師の喜兵衛に拾われ、長じてその性格と目を買われて手子として間歩(坑道)で働き始める。しかし第二次性徴とともに「不浄」として仕事を追われ、女性としての自分と向き合いその生き方を模索していく……という話かな。
帯の惹句やあらすじほど悲惨な雰囲気ではなく、文章も巧みで読みやすい。何よりウメの負けん気の強さや真っ直ぐな生き様は読んでいて気持ちがいい。初潮により目指していた銀堀の仕事をあきらめざるを得ず、周りは男ばかりなので想像しているような悲劇は一通り起きる。特に、「悔しい。女のままでは、男には勝てない。あんないたぶり方は男にしかできない」というウメの独白には胸が痛む。しかしウメは周りに流されて「女性らしく」生きることを良しとせず自分が自分であることをあきらめない。
「眼をひらいておれ」という喜兵衛の言葉を忘れず、自分の目で見、現実から目を背けずに自らの頭で考えて己の道を切り開こうとして行くのだ。
女性に生まれたこと、または病、障害など自らの力の及ばない事象によって何かをあきらめたことのある人には、何か感じるものがあるのではないか、と思わせる作品。
ただまあ、ヨロケ(塵肺)とか、石見銀山ならではのエピソードが浮いているというかとってつけた感じになっている気がして、あと200ページくらい追加して苦悩エピソード深掘りすると重厚感が出たたように思う。今のページ数だと書きたいテーマに引っ張られてリアリティとファンタジーのバランスが取れてないというか……。
◆作者受賞歴◆
「魚神」第21回小説すばる新人賞、第37回泉鏡花文学賞
「あとかた」第20回島清恋愛文学賞
「男ともだち」第1回新井賞
「透明な夜の香り」第6回渡辺淳一文学賞
過去の直木賞候補作は、第150回「あとかた」
ノミネートは今作「しろがねの葉」で2回目。
「汝、星のごとく」(凪良ゆう/講談社)
その愛は、あまりにも切ない。
正しさに縛られ、愛に呪われ、それでもわたしたちは生きていく。
本屋大賞受賞作『流浪の月』著者の、心の奥深くに響く最高傑作。ーーわたしは愛する男のために人生を誤りたい。
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海(あきみ)と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂(かい)。
ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。
生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。ーーまともな人間なんてものは幻想だ。俺たちは自らを生きるしかない。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000366625
あらすじを読むと確かに内容とは乖離していないのだけれど、ここから想像してしまうある種陳腐な恋愛小説とは一線を画している。
まず一行目のフック、そこから始まる思わせぶりなプロローグ。時系列が最後なのはわかるけど、あらすじからどうしてこうなったのかうかがい知ることができず、ページをめくる強い動機となる。
お互いの家庭不和や島内の噂話に振り回されながらも恋愛関係を維持しようとする暁海と櫂。
その関係の変化は櫂が都会で成功したところから始まる。櫂の金銭感覚に暁海がついていけないとか、暁海にときめきではなく安心感を求めるとか正直またこのパターン……と思ってしまったが、このあたりも後々うまく処理されており、繰り返し出てくる「精神的自由」という問題につながっていく。そもそもこの精神的自由が云々という問題も、昔ながらの男尊女卑感漂う閉鎖的なムラ社会という環境設定がきちんと生きている。
この話はただの恋愛小説ではなく、家庭不和、虐待、ヤングケアラー、男尊女卑、LTBGQといった様々な社会現象が描かれている。こういった舞台装置はうまく使わないと「ご都合的」というかハリボテ感が拭えないものだが、すべてを内包する「ムラ社会」をトップに置くこと、序盤からさりげなく情報を小出しにしていくこと、暁海と櫂を交互に語り手として一種の答え合わせをこまめにしていくことでしっかりと機能させている。
暁海の目指す自由は私が目指すそれにも似ていて、それもまた好意的に読めた理由の一つかもしれない。
◆作者受賞歴◆
「流浪の月」第17回本屋大賞
直木賞ノミネートは本作「汝、星のごとく」が初。
おわりに
全体的に自分の人生を自力で切り開く姿勢を見せる女性が出てくるのが印象的でした。そういう時代なのかなー。今回も普段は手に取らないような作品に出会うことができて、非常に有意義でした。どの作品が選ばれるか楽しみですね。
受賞作の発表はは2023年1月19日(木)です。
選考委員は浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆき(敬称略、五十音順)の9名です。




