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第166回(2021下)直木賞受賞作を予想しました

まえがき

まあ文字通りなんですが、全部読んで予想しました。
記事中、明確なネタバレはしていませんが、本を読みなれている人は内容の予想がついてしまう表現があるかもしれないので、それがイヤな場合はそっとブラウザを閉じてください。
逆に、フワっとしたことしか言ってないじゃん、と物足りない方がいらしたらそれもごめんなさい。
後日作品別にネタバレありの記事を書く予定はあります。予定は未定ですが。

とりあえず私の予想

ノミネート作品の一覧は、先日の記事を参照いただくとしまして。

結論から言うと、
1.「黒牢城」「同志少女よ、敵を撃て」W受賞
2.「黒牢城」または「同志少女よ、敵を撃て」いずれかの単体受賞
のどちらかのパターンと予想します。心情的には米澤穂信、話題性的には逢坂冬馬といったところでしょうか。何か言っているようで何も言っていないように見えますね。
まあ単純に2作品が甲乙つけがたいというのもあります。しかし「空気の読めないミステリ読み」としては「黒牢城」を推したいんですね。かなり面白かったですし。ただ、「同志少女よ、敵を撃て」はデビュー作でこれだけのものを読ませられてしまうと、話題性としても抜群だしこっちがいいんじゃないかい? という迷いが生まれまして……。
そう考えると、W受賞の線はわりとアリなんじゃないか、と思った次第です。

各作品等概略・感想


「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬/早川書房)

第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。独ソ戦、女性だけの狙撃小隊がたどる生と死。
独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如として奪われた。急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」――そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために……。同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした“真の敵”とは?

https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014980/

まさに衝撃のデビュー作、というやつです。
また、上記公式通販あらすじに出てくる以外の重要人物として、リュドミラ・パヴリチェンコ(Wikipedia)という実在の人物が挙げられる。彼女は作中で少女狙撃兵たちの尊敬の対象であるとともに、イリーナの盟友として描かれている。
主人公はセラフィマ、愛称フィーマ。物語は主に彼女の視点で語られる。ということで、戦争モノとは言っても采配だとか戦局をどう動かすかだとか、そういう大きなことは描かれない。一般少女兵の物語であり、彼女の頭を占めているのは主に復讐であるため、彼女を中心とした人間関係に大きく描写を割いている。同時に作戦下の緊張感や狙撃時の緊迫感などの描写も素晴らしい。
そしてタイトルである。「同志少女よ、敵を撃て」。同志少女、とは誰を指すのかと考えずにはいられない。ストレートに考えればフィーマのことであろうが、同じ部隊に所属する者たちも当然少女であり、イリーナもまたかつて少女だったはずである。それぞれにそれぞれの事情があり、フィーマのように実体を持った(つまり殺害できる)「敵」を持つ者もいれば、そうでない者もいる。もっと大きく言えば「戦時下における力なき少女の敵とは何か」を問いかけられているような気がしてならない。そんな物語。少し前にたまたま目にしていたこともあり、「戦争は女の顔をしていない」(岩波書店)を思わずポチってしまった。
◆作者受賞歴◆
「同志少女よ、敵を撃て」第11回アガサ・クリスティー賞大賞

「新しい星」(彩瀬まる/文藝春秋)

直木賞候補作、高校生直木賞受賞作『くちなし』から4年――

私たちは一人じゃない。これからもずっと、ずっと

愛するものの喪失と再生を描く、感動の物語

幸せな恋愛、結婚だった。これからも幸せな出産、子育てが続く……はずだった。順風満帆に「普通」の幸福を謳歌していた森崎青子に訪れた思いがけない転機――娘の死から、彼女の人生は暗転した。離婚、職場での理不尽、「普通」からはみ出した者への周囲の無理解。「再生」を期し、もがけばもがくほど、亡くした者への愛は溢れ、「普通」は遠ざかり……。(表題作「新しい星」)

美しく、静謐に佇む物語
気鋭が放つ、新たな代表作

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163914688

上記「新しい星」の主人公、森崎青子をはじめとした、大学時代から付き合いのある男女4人が主人公の連作。自分の想像した通りに進まなかった30代の人生を等身大に、丁寧に繊細に描いた作品。……なんだけども。まあ刺さるは刺さりました、私もここ何年か想定をぶっちぎった人生でしたし。でもねえ、なんだろうねえ、いまいち没入感が薄いというか、どう扱ったらいいかわからないというか、「まあそういうこともあるよね。仕方ないよ」としか言えない話を聞かされた感覚というか。言い方はよくないかもしれないが、4人のブログをきれいな言葉で1冊の本にまとめ上げたような感じがして、直木賞候補作としては物語性が弱い、気がする。
とはいえ内容の割に表現など毒もえぐみもなくストレートで、信頼関係で結ばれた友人関係をうまく描いているなあという感想でした。ネタバレなしだと書くのが難しい作品ではある。
◆作者受賞歴◆
「花に眩む」第9回女による女のためのR-18文学賞読者賞
「くちなし」第5回高校生直木賞
直木賞ノミネートは2回目

「塞王の楯」(今村翔吾/集英社)

幼い頃、落城によって家族を喪った石工の匡介(きょうすけ)。
彼は「絶対に破られない石垣」を作れば、世から戦を無くせると考えていた。

一方、戦で父を喪った鉄砲職人の彦九郎(げんくろう)は「どんな城も落とす砲」で人を殺し、その恐怖を天下に知らしめれば、戦をする者はいなくなると考えていた。

秀吉が病死し、戦乱の気配が近づく中、
匡介は京極高次に琵琶湖畔にある大津城の石垣の改修を任される。
攻め手の石田三成は、彦九郎に鉄砲作りを依頼した。

大軍に囲まれ絶体絶命の大津城を舞台に、信念をかけた職人の対決が幕を開ける。

https://lp.shueisha.co.jp/tatexhoko/

とまああらすじ上はW主人公っぽいですが、題名も「塞王の楯」とあるようにメイン主人公は匡介なので石垣を作る「穴太衆(あのうしゅう)」と呼ばれる集団のお話(鉄砲の話もちゃんとあります)
ちなみに「塞王」は最高の絶対に破られない石垣職人に与えられる称号のようなもの。
石垣、もとい戦国城の知識が多少なりともないと、読み進めるのにちょっと苦心するかもしれない。石垣がどうやって作られたのか、石を切り出す、運ぶ、積む、といった技術について、主人公のジョブローテーションで学びつつ、クライマックスの「懸(かかり)」へと物語が進んでいく。「懸」というのは作者の造語らしいですが、戦の最中に破損した石垣を修復すること。つまり、実質的に城主側での参戦ということになります。ということで上記あらすじ通り、最後は大津城という舞台で、彦九郎率いる鉄砲職人集団「国友衆」VS匡介率いる石垣職人集団「穴太衆」の戦いへ。
言葉を交わすことのない、技術同士での戦い。圧巻でした。しかし、私が戦国時代に明るくないのを差し引いても、なにぶんとっつきにくい。映像化したらさぞかし迫力があるだろうなあと思うものの、「大衆向け」という点で一段落ちるように思えました。
◆作者受賞歴◆
「蹴れ、彦五郎」第19回伊豆文学賞(小説・随筆・紀行文部門最優秀賞)
「狐の城」第23回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞
「童神」第10回角川春樹小説賞
「火喰鳥」第7回歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞
「八本目の槍」第8回野村胡堂文学賞受賞・第41回吉川英治文学新人賞
「じんかん」第11回山田風太郎賞
「羽州ぼろ鳶組シリーズ」第6回吉川英治文庫賞
直木賞ノミネートは3回目

「ミカエルの鼓動」(柚月裕子/文藝春秋)

この者は、神か、悪魔か――。
気鋭の著者が、医療の在り方、命の意味を問う感動巨編。大学病院で、手術支援ロボット「ミカエル」を推進する心臓外科医・西條。そこへ、ドイツ帰りの天才医師・真木が現れ、西條の目の前で「ミカエル」を用いない手術を、とてつもない速さで完遂する。
あるとき、難病の少年の治療方針をめぐって、二人は対立。
「ミカエル」を用いた最先端医療か、従来の術式による開胸手術か。
そんな中、西條を慕っていた若手医師が、自らの命を絶った。
大学病院の闇を暴こうとする記者は、「ミカエルは人を救う天使じゃない。偽物だ」と西條に迫る。
天才心臓外科医の正義と葛藤を描く。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163914428

心臓外科の手術支援ロボットを題材に、命への向き合い方や医療の在り方について描いた作品。申し訳ないんだけどちょっと食い足りない。話の展開上仕方がないこととはいえ、いくら何でも主人公が鈍すぎる。普通の読書好きならあらすじを見ただけでどういう展開が待ち受けているのかお判りいただけたかと思います。
しかしまあ主人公が「それ」を疑うまでが長い。それだけ「ミカエル」に固執していたということではあるのでしょうが、その描写が弱い。そして本人の性格に一貫性が薄い。「いのちだいじに」を謳っているのだけれど、その対象はどうやら自分の患者と直系縁者に限られるらしいな? と義母への対応を読んでげんなり。エピローグ/プロローグも首を捻らざるを得ない感じだし、なんかもうね、下手に性格形成のバックグラウンドとか私生活とか入れないで、職場メインの話にした方が良かったんじゃないかなあ。とても「読ませる」文章なのに、なんかいろいろもったいなかったな、と思いました。全体的に評価は高い方っぽいので、他の作品を読んでみたいな。あ、この作品は映像化には向いてるかもしれない。
◆作者受賞歴◆
「待ち人」山新文学賞入選・天賞
「臨床真理」で第7回「このミステリーがすごい!」大賞
「検事の本懐」第15回大藪春彦賞
「孤狼の血」第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)
直木賞ノミネートは2回目

「黒牢城」(米澤穂信/角川書店)

本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の集大成。『満願』『王とサーカス』の著者が辿り着いた、ミステリの精髄と歴史小説の王道。

https://kadobun.jp/special/kokurojyo/

安土桃山時代再び。有岡城の戦いが舞台で、地下牢に幽閉した黒田官兵衛に、荒木村重が安楽椅子探偵をさせる連作。
籠城中に起こるのだから基本的に密室あるいは二重密室下での事件となる。城主荒木村重の目を通して描かれる人間模様も見所。籠城戦という性質上、戦自体の――妙な言い方になるが――活気がなく、また変事の際に外部犯の可能性が低いこともあって、流言などが起こり徐々に統制が取れなくなっていく様子や、それに対する村重の焦りなどが作者お得意の人物描写でとくとくと描かれている。4大ミステリランキング完全制覇というのも伊達ではなく、謎解き自体もしっかりとした骨太なものである。書きなれていることもあってか、連作としての出来がとても良い。序盤から村重が無意識に「見なかったこと」にした事実を指摘する場面が実に良かったです。このカタルシスがあるとないとでは全然違う。
直木賞レースとしては奇しくも「塞王の楯」と時代背景が被ったが、戦の凄惨さという点を除き、正反対の印象に仕上がっていると言える。「空気の読めないミステリ読み」として、文句なしでおすすめの一冊。
◆作者受賞歴◆
「氷菓」第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞
「折れた竜骨」第64回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)
「満願」第27回山本周五郎賞
「黒牢城」第12回山田風太郎賞
直木賞ノミネートは3回目

まとめ

ノミネート作の実に3/5が史実に基づくフィクションということで、実際評価は割れそうかなあと思います。私見ではありますが、史実に基づいている時点で大局としては最初と最後は決まっており、実在または非実在のキャラクターがその流れの中でどう立ち回ったかを「それらしく」描くという辻褄合わせの側面が強く出ると思っています。全部自分で作るより楽ではないのか? というと決してそうではなくて、上手くいけば史実を味方につけて説得力が補強されますが、キャラクターが史実と著しく乖離していたり、「その時代にそれはなかろ?」という違和感が強く出てしまうと一気に瓦解する諸刃の剣ではありまして(何年か前に流行った「異世界シャワー」問題ですね)
他方、「新しい星」「ミカエルの鼓動」は現代を舞台にしたものでしたが、フィクションとしての説得力の強さが少し足りなかったのかなと。


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